プリセレクタ式ギアボックス

Q (北海道のAさんよりのお尋ね)よくMG本に出てくるプリセレクタ式ギアボックスとは、どんな構造なんでしょうか? 物の本を見ても、あらかじめシフトしておき、クラッチを踏めばシフトされるもの、とさらりと流されてます。
 油圧かなにかで制御してるんでしょうか? クラッチを踏むと油圧でシフトされる?普通の操作でのシフトも出来るのか?などとちょっと疑問に思ってます。

A N(事務局長)です。

プリセレ式ギヤボックスには通常のクラッチはありません。エンジン出力はそのままギヤボックスに常時伝達されていて、サンホイール(太陽ギヤ)とプラネットギヤ(遊星ギヤ)を複雑に介してアウトプットに数段階の減速がなされていま
す(通常は前進4段、更新1段)。厳密に言うと少し違いますが、全てのギヤは常時回っていると思っていただいて結構です。

各ギヤにはバンドブレーキが付いていて、それを作動させることでセレクトしたギヤの出力がアウトプットシャフトに伝わるようになっています。つまり通常のクラッチはありませんが、クラッチに順ずるものが各ギヤについているのです。

ギヤレバー(セレクター)でギヤを選択すると、そのバンドブレーキを作動させる準備ができます。切替レバー(クラッチのように左足で操作します)を一杯に踏み込むとバズバーと呼ばれるクラッチレリーズに相当する機構がセレクトしたギヤのバンドブレーキのみを作動させ、切替レバーを離す際に通常のクラッチ合わせのようにバンドブレーキが少し滑りながら作動します。

各ギヤの磨耗は理論上最低限ですが、バンドブレーキのシューは磨耗します。でもこの調整は自動でなされるので、基本的にメンテフリーです。バンドブレーキはうまく使うとかなり長期間もつと言われています。その他、バズバーの支点の磨耗が起こりますが、これは切替レバーの調整で何十万キロも大丈夫です。

レーシングカー用に使われたものはニュートラルポジションでバンドブレーキがユルユル作動していますので、ニュートラルで停車していると滑ってどんどん磨耗します。ですから信号待ちは大の苦手です。よく筑波のビンテージレースでプリセレクターのレーシングカーがリヤをジャッキアップして暖気しているのはそういう理由があるからです。1930年代から50年代の乗用車に用いられたプリセレクターは、構造が少し違うらしく、エンジンをかけたまま停車していても大丈夫だとの事です。

走りながら次のギヤをセレクトしておき(プリ・セレクト)、切替レバーを踏むだけでギヤが切り替わるので、半自動プリセレクターと呼ばれます。

原理に興味がある方のために・・・

i)サンホイール
エンジンの出力はサンホイール(太陽歯車)というギヤに来ています。これはギ
ヤボックスの中心にくる通常の平歯のピニオンと思ってください。普通のクラッ
チがないのでこれはクランクと直結ですので、常に回っています。
ii)プラネットギヤ
サンホイールの外周を遊星ギヤ(プラネットギヤ)が2つないし3つ回っていま
す。各プラネットギヤの軸(ギヤと軸は自由回転)は束ねられてアウトプットシャ
フトになります。プラネットギヤの動きは2通りあることをご理解ください。ひ
とつは一箇所に止まってそこで自転だけしている(この場合はプラネットの軸と
ギヤは自由回転中)、もうひとつは公転してサンホイールの出力を2つあるいは
3つのプラネットギヤの軸の総合力でアウトプットする(この時は軸は自由回転
しない)。
iii)リングギヤ
さらにプラネットギヤと噛み合うようにその外部にリングギヤがあります。この
リングギヤは自由回転ですが、外周がバンドブレーキで締め付けられると回転が
止まります。これが肝です。

さて、エンジンを掛けますとサンホイールは常時回ります。このとき、停車中で
リングギヤがバンドブレーキで締め付けられていない場合、リングギヤは自由回
転しますので、「停車状態」という負荷のかかったプラネットギヤはサンホイー
ルの周りを公転せず、一箇所に止まったまま自由回転し、その回転がリングギヤ
に伝わってリングギヤは回転しています。
次にバンドブレーキを締め付けますと(そのギヤをセレクトして切替レバーを踏
んでバズバーを作動させる)、プラネットギヤは外周を固定されますので、サン
ホイールの回転に合わせて公転せざるを得ません。この時、2つないし3つのプ
ラネットギヤの軸も当然一緒に公転しますので、それを束ねて車軸に伝えます。
つまり走行する、ということです。

下のような模式図を作りました(急いで作ったので下手ですいません)。
ギヤは全部常時噛み合いです。切替はありませんので、シンクロもいらないし磨
耗も最小限です。
プラネットギヤは固定されていません(できません)。軸(アウトプット軸)と
も自由回転です。プラネットギヤが公転すると軸が回ります。
以前の拙説明を再度ご参照ください。実際のWilsonのプリセレのギヤは非常に複雑です。常人には理解できません(笑)。

上記は英国のWilsonがパテントをもっていたプリセレについてです。製造はENV社が担当していました。MGなど殆どの英国車に使われていたプリセレはこのタイプです。エンジンの大きさに応じて各種ありました。今でも数種類、新品が復刻生産されていますが、かなり高価です。

1934年K3 に装備された、プリセレクターギアボックス(写真:神戸MGCC)

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